更新:2022.06.10 公開:2022.04.25

[つぎのくらしは]vol.3 物語を受け継ぎ、紡ぐ楽しみを味わって

リビングから見たキッチン

どこに住む? どう暮らす?
心豊かな時が流れる
「つぎのくらし」の見つけ方

【今回、登場するのは…】

圷みほさん

- profile -
日々の衣・食・住に寄り添う物を集めたwebショップ「acutti」代表。フルリノベーションした自宅のインテリアや暮らしをInstagramで紹介し、ファンも多い。著書に『かごと木箱と古道具と。』(ワニブックス)


“おばあちゃんちの空気が好き

子どもの頃から「みんなと同じもの」が苦手だったと話す圷みほさん。大人になって開いたセレクトショップでは、自分で使って愛着を感じ、その作家に会って話をし、ますます惚れ込んだ物だけを扱っている。

「どこにでもあるような物や流行り物が好きではなくて、気になるのは個性的な物ばかり。古家具が好きなのも、同じデザインを見かけないし、1点1点ストーリーがあるところにも惹かれます。古い物や作家モノが気になるのは、古家具に囲まれたおばあちゃん家が好きというところと、つながっていると思います」

家族団らんの風景子どもの遊ぶスペース
「娘にあげた小さな椅子は、昔、母が私と妹におそろいで買ってくれたもの。妹も、これから生まれる子どものために、実家から持ち帰っていました」

新居で4年の時を経て、空間が肌になじんだ今でも思う。「家時間が本当に好きだな」と。「以前は暇さえあれば外に出ていたのが嘘のよう。ここに越して、おやつを食べる時間が好きになり、おやつを入れる器も好きになり、新しい器を探すのも楽しくなって。そんな風に、物・こと・時間の “好き” が少しずつ増えているんです」

作家の器カッティングボードクッションやお気に入りの器たち
上から、マシュマロのように優しい表情をたたえた陶芸作家・入江佑子さんの小皿、手彫りと無垢の温もりが伝わる木工作家・うだまさしさんのプレート、食器や本を収納している古家具

古い物が好きな圷さんだが、家探しでは、新築からリフォーム済み物件、リノベーションまで、一戸建てもマンションも含めて情報を集めた。「まずは先入観なくフラットな目で “自分たちの住みたい感じ” を知りたかったんです」

ひと通り見比べて、間取りやデザインを好きなようにできることが大事だと、夫婦で確かめ合った。必然的に、新築物件とリフォーム済み物件、コストの合わない注文住宅が除外され、浮上したのが『中古物件を買ってリノベ』だった。

 “友人の中古リノベが衝撃でした”

方向性が決まったものの、リノベはプランをどこまで自由にできるかわからない。そんな折、中古マンションをフルリノベーションした友人宅に招かれて、疑問が吹き飛んだ。

「この古い外観で、家の中がこんなに違うんだ!って、衝撃でした。リノベは、間取りと内装を思うように変えられるんだって、まさに実感しましたね。お子さんたちとワイワイ楽しく暮らしているのが空間からも感じられて、いいなと思いました」

スタイルのあるキッチン
内装を剥がし、壁を壊してスケルトンにすると、シンプルで堅牢な躯体が現れる。コンクリート造の素地を活かしてモノトーンと木を調和させたインテリアに

当時1歳の娘をもつ圷さん夫妻にとって、友人ファミリーは子育てでもリノベーションでも、いわば先輩。家族の形に合った住まいで伸びやかに過ごす姿に、自分たちの「したい暮らし」が重なった。目で見て、体で感じた中古リノベの1日は、築年数やプランの自由度に対する不安を消し去り、確信を生んだ。古くても大丈夫。リノベでも大丈夫。

「中古リノベはゼロからつくるのと違って、あるものを活かす方法だからスピード感がありますよね。その点でも、こうと決めると突き進むタイプの私たちには合っていました」

 “エレベーターなしの5階で大丈夫?” 

気持ちの高まりのままに希望エリア内で中古マンションを探し、5、6件内見。そのうちの3件が、今、住んでいる集合住宅の物件だった。「敷地内で棟が違う3階、4階、5階の部屋を見比べましたが、借景の緑が一番多くて抜け感もあったのが最上階。部屋の配置はどこも同じなのに、印象が全然違いました。

他の物件も見たけれど、南北にベランダがあるのはここだけ。太陽光がたっぷり入る気持ちよさも大切にしたかったので、窓が多くて、空や森を望める景色に、暮らしのイメージが一気に広がりました」 

バルコニーから見た眺望
緑と空の借景が広がる南側のリビング。ベランダに出て風に吹かれるのもお気に入りのひととき

古い外観も、丁寧なメンテナンスが施されてキレイな印象。不動産会社からの説明で、修繕計画がしっかりしている物件だとわかって安心できた。総戸数が多いから、管理費と修繕費が格段に安いことも魅力だった。

「エレベーターがない物件だと、1階上がるごとに物件価格が200万円下がるそうです。最もインスピレーションの湧いた5階の部屋なら、差額をリノベにかけられる。その上、眺めも良くなっていくんです。それでも…」。圷さんは、ひと呼吸置いて続けた。「エレベーターなしの5階で大丈夫?って、最後まで悩みました」

ソファでくつろぐ家族
最上階の日当たりと風通しを堪能できるソファは家族の特等席。ダイニングやキッチンからも見える間取りだ

もともと賃貸時代から、自分たちにとっていい条件が揃っているなら、駅距離などの不便があっても構わないという考え方。購入を前に、夫婦で条件を吟味していった。そのポイントとなったのが、「長く住むつもりはない」ということ。

「一生の買い物とか、おばあちゃんになるまで住もうとは、思っていませんでした。10年くらい住んで、住み替えたくなったらどうするか考えればいいという感じだったので、5階まで階段の生活も一時期のことと、割り切ることにしたんです」。今は6歳の長女も入居当時はまだ2歳。ベビーカーを手に子どもを抱いて階段を上ったのは「大変だったけれど、ほんのいっ時のこと」

ライスストッカー
宅配で米などの食材をまかなって重い買い物を減らすことで、上り下りが負担にならない暮らしをつくった

 “大事な家を引き継ぐ感覚”

実はこの物件を内見したとき、まだ大家さんが住んでいたと圷さん。「年配の女性と息子さんが迎えてくれて、いろいろ教えてくださったんです。新築当時の様子とか、同じ集合住宅に長く住んでいる方はみなさんお友達で仲がいいとか。周りがどんな人かわからない物件を買うのは心配だったので、安心できるお話でした」

内見数や購入希望者が多い物件だったが、大家さんの「ぜひ圷さんに」という言葉も心に響いた。「若い人にこの家をつなげたい、ということでした。そこで正直に、自分たちの場合は内装を全部壊すことになると伝えたら、『楽しみにしているよ』と言ってくれて。とてもいい方から、大事なバトンを渡してもらったような気持ちになりました」

キッチンでの母娘

住んでみたら、同じ棟の方々に『若い人が来た。ちっちゃい子が来た』と喜んで受け入れてもらえました。『何かあればお互い助け合いましょう』と見守ってくれるので、ここに来て本当によかったです。野菜をお裾分けしてくれたり、クリスマスにプレゼントを交換したり。思いがけないことでしたが、安心して子育てできる環境でした」

 “住まいに物語を詰め込んで” 

しかし、万事がうまくいったわけではなかった。リノベーション会社を探す段になり、設計は不動産会社の提携先に限られていたことを知る。「愕然としましたね。でも、それなら自分たちで全部考えようと、インターネットで調べまくって、中古リノベの本を読みまくりました(笑)」

圷さんは古家具が似合う空間。夫の彰太郎さんは武骨でインダストリアルな雰囲気。希望のイメージにそって夫婦で出し合ったアイデアを1冊のノートにまとめ、設備・内装はもちろん、スイッチ一つに至るまで、文字通り全て選んで指定した。

玄関と洗面室
隣のトイレスペースを削り、玄関に下駄箱の奥行きを確保したアイデア

リビング
クロスを剥がして出てきた躯体の質感に魅せられ、壁・天井をそのままにしたリビング。古家具がよく似合う

トグルスイッチ
トグルスイッチも圷さん自らネットで探した物

天井は躯体のコンクリートを現しにし、壁はモルタルやペンキでラフに仕上げた。見渡せば、長い時を経た文机、傷跡の残る作業台、手仕事の味がある器やカゴ……。剥き出しになった建物の素地は、荒っぽいのにどこか懐かしくて包まれるような空気感。「迎え入れるのは好きな物だけ」という圷さんの愛情が、物の一つひとつ、内装の隅々にまで染みている。

サンワカンパニーのキッチン
キッチンは武骨だけれど業務感が出過ぎないものを探してサンワカンパニーを採用。空間になじむプレーンなデザインだから「大切な物たちが映える」

ダイニング横のスペース
北向きのダイニングは、壁2面に断熱材を挿入。白いペンキで仕上げて、広さと清潔感を演出

“間取りも成長させていきたい”

「自分たちの好きなように」という思いは、物だけでなく、間取りにも現れている。「壊せるところは全部壊して、とりあえず大きな空間にしました。後でいかようにも仕切れるように。住みながら家族の成長に合わせて変えられる間取りにしたかったんです」

子ども部屋は、いつ、どんな広さが必要かわからない。その時が来たら、本人にも意見を聞きたい。だから、天井にアンカーボルトを打って、ポールと布を掛ければ自由に仕切れる間取りを考えた。

住戸の中央には、大きなアーチ状の垂れ壁が横たわる。壁式構造で壊せない耐力壁だが、逆手に取って北側をダイニングキッチン、南側をリビングに振り分けた。奥には小上がりを造作し、ベンチにも子ども部屋にも客間にもなるフレキシブルなスペースに。アーチ状の開口あり、小上がりの段差あり、間取りに可変性ありと、変化に富んだ空間は、暮らしに合わせて成長する住まいでもある。

リノベで動かせない耐力壁
壁に断熱材を入れてモルタルを塗った小上がり。天井には間仕切り用のアンカーボルトが打たれている

ワークスペース
垂れ壁の脇にワークコーナーを設置。右にダイニング・キッチン、左にリビングを見られるポジション

小上がり収納
床下に、奥行き180㎝の引き出しが3杯並ぶ小上がり。オモチャを箱やカゴに入れて収め、遊びたい物を選んでそのまま持ち運べる

「各自がその時の気分に合わせて、好きなスペースを見つけて、自由に過ごせる家になりました。物の場所も過ごし方も決め込まないから、思いついたら家具の配置を替えて模様替えをすることも。

娘はいつも好きな物を出して、好きな場所で遊んでいます。時には小上がり、時にはダイニングテーブルで。ある時、お絵描きを自由にさせていたら、マジックで小上がりの床に描いちゃったんです。夫婦で話し合って、それも今しかない思い出だねと、消さないことに決めました」 

小上がりに描かれた絵
小上がりの床に咲いたチューリップ。怒られることなく、穏やかにさとされた長女は、これ以降、床にお絵描きしていない

 “すでにある物を自分たちに引き寄せて”

自分たちらしい住まいを叶えた圷さんだが、家づくりでは膨大な情報の海でおぼれそうになることはなかったのだろうか。「私たちは『こうじゃなきゃ』という考え方をしないタイプ。情報量が多くても、シンプルに自分たちの暮らしに合うものだけを選んでいきました。自分と家族の好きな物、好きなこと、好きな時間を分析すると、どうしたいのかが見えてきます。

今、家を検討している人がいたら、流行や、こうしたほうがいいという決めつけの情報に惑わされないでほしい。既成概念を取り払った上で、大事なものについて考えてほしい。注文住宅や新築マンションもいいけれど、他にも選択肢があるよって伝えたいですね。

私たちは、中古物件という限られた条件でどう面白くするかにやりがいを感じたし、すでにある物を活かす楽しみも味わえました。リノベには、他とは違った魅力があると思うんです」 

子どもを見守る夫婦

リノベの話をするとしばしば「子どもが小さい時期によくやったね」と言われるそう。でも、圷さんは躊躇せずに行動した。

「こんな空間で暮らしたいってイメージが浮かんだ時こそ、私たちにとってのタイミング。『子どもがいるから』を言い訳にしたり、状況にしばられたりしたくなかったんです。何より、やりたいことが形になるって、すごく楽しい! 次の家も、またリノベをしたいと思っています」。古い物を受け継いで自分たちの物語を紡ぐ暮らしが、ここにある。

リビングからみたダイニングスペース
撮影/吉田真


間取図

ー DATA ー
築年数/40年以上

リノベーション竣工/2017年
専有面積/68.00㎡
専有リノベーション面積/68.00㎡
家族構成/圷さん(36歳)、夫(36歳)、長女(6歳)



【 聞き手 】
樋口由香里
雑誌、書籍、広告の編集・執筆を行う。住宅に関わって20年。「住まいを考えることは暮らしを考えること」だから、この先の生き方や家族の関わりを見つめ直す機会にしてほしいと願う

[つぎのくらしは]vol.2

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