振る舞いのよい家具たち

STORIES No.001

振る舞いのよい家具たち

家具が点在する
ギャラリーのように

「白い家にしたい」
Sさん夫妻のリノベーションのオーダーはそれがほぼ全てだった。理由は、「大好きな家具がもっとも映えると思うから」。
夫妻にとって家は自分たち家族の暮らしの拠点であると同時に、暮らしを支える家具たちの居場所でもあった。愛する家具たちに窮屈な思いはさせたくないと、何よりも広さを重視した家選び。97㎡、築36年のマンションは、フルリノベーションでプライベートギャラリーのような空間へと姿を変えた。
「満足です。どこを見ても家具がきれいに目に入る」

ノイズを吸い込むかのような、白塗装の壁と白タイルの床。しかしそれだけでこうした雰囲気にはならない。もとは壁式構造の3LDKだった間取りを、外せる壁は外して空間を広げ、外せない壁はさりげない仕切りとして利用。抜け感ではなく連続感による開放感を創出した。玄関からダイニングやリビングなど奥へと入っていくと、家具が点在する白いギャラリーを進みゆくような感じなのだ。

家具との出合いをもたらしたアンティークの椅子。
テーブルもアンティーク

ひとつの家具が
空気を変える

きっかけは4年間のデンマーク駐在経験だった。人々は窓にカーテンをつけない。通りに面した大きい窓なのに、だ。
「リビングが丸見えでも誰も気にする様子はなく、例えば白髪のおばあさんがマリメッコのワンピースを着てキッチンで料理していたり……。家具が素敵で、生活が素敵で、そんな日常の在り方にちょっとショックを受けました」

そんなある日、たまたまネットで知った大きなマルクト(市場)に出かけ、ふと目に付いたアンティークのチェアを買った。心惹かれたし、驚くほど安価だった。帰って家に置いたところ、チェアは真価を発揮する。
「それまで特に関心がなく、日本から持ち込んだ家具はごく手頃なものだったんですが、それらとは存在感がまったく違っていました。その椅子がまわりの空気も変えてしまったんです」
他の家具も買い替えよう。夫妻はそう決心した。

市場で見つけたサイドボード。上には季節のしつらえを

知れば知るほど
好きになる

その後、夫妻はそれぞれの方向からデンマーク家具に魅せられていく。夫はデンマークの家具の歴史やデザイナーの個性、名作にまつわるエピソードに興味を持った。
「奥深くて、知れば知るほど好きになりました。“ただ何となくいい”ではいずれ飽きてしまうかもしれませんが、背景に踏み込んでそれを理解すると、物の価値はより確かになるんです。僕にとってデンマーク家具は一生もの。大事にメンテナンスしよう、招いた友人に家具について話そうという気になります」

一方、妻は感覚派。出合いを求めてマルクトやショップに足を運び、自分を待っている家具を嗅ぎ分ける。
「椅子やサイドテーブルのような運べる家具は、買ってそのまま持って帰ります。家具を抱えて電車に乗るのはデンマークでは普通のことで、若い男性が古びた椅子を持って乗っていたりすると、ああ、あなたも出合っちゃったのね、と思いましたよ(笑)」

共通なのはアンティークへの愛着だ。
「古いチークの味わいがすごくいい。名作はもちろん、名もない家具でも、やはり1950年代前後のものはいいんです。腕のある職人たちがたくさんいたんでしょうね」
Yチェアやネイルチェアなどの名作椅子、そして、マルクトでサイドボードやテーブルなど、気に入ったものを少しずつ買っていくうちに、夫妻の住まいもカーテン知らずになっていった。

ウェグナーのデイベッドは生地を貼り替えた

わが家をつくる骨格

こうしてデンマークで生まれ育った家具たちは、海を渡って現代日本のSさん夫妻のマンションにいる。
空間におけるその振る舞いの見事さは、夫妻の睨んだとおりだ。

「デンマークに暮らして、家具の価値を物単体で計るのではなく、空間全体でとらえる習慣が身につきました。PHランプひとつで室内が北欧にはならない。昔だったら分からなかったかもしれません」

帰国後、どうしても欲しくて、ウェグナーのハイバックチェアを買った。
「もう買い換えることはないでしょう。これらの家具はわが家のいわば骨格で、骨格が決まっていれば体は自然とできていく──ここにラグやグリーンがあればいいなとか、そういうことがわかってきて、空間が出来上がっていくんだと思います」

聞き手 : 今井 早智 Sachi Imai

住宅について、建築的なHOWよりも施主の暮らしのWHYに興味あり。空を飛べる鳥になりたいとは思わないが、海に沈む深海魚には憧れる。

写真 : 上米良 未来 Miki Kanmera

撮る動機、その原点は、正真正銘キライだった同級生の悪ガキが見せたとびきりの笑顔=喜びの表情に衝撃を受けたこと。好きなものは、編みもの。猫。トマトの匂い。