ファンタジーハウス!

STORIES No.007

ファンタジーハウス!

そこは
「剣と魔法の世界」

マンションのごく普通の玄関ドアが、実は異世界への入り口。踏み入ればいきなり、中世の城の回廊のような廊下の演出に出くわす。石積みを模したクロスの壁には大小の剣や杖のレプリカが飾られ、その精緻なレリーフをアンティーク風のウォールランプが照らし出す、といった具合。

「ファンタジーです。剣と魔法の世界」
楽しげにそう話すMさん夫妻。2人に共通の趣味、という以上の不可欠でコアな嗜好、いわゆる偏愛が、こんなリノベーションを生み出した。

長い壁伝いに造作した飾り棚には、ファンタジーな小道具たち——小箱や瓶、紋章、巻物、ペン等々、物語の背景となる中世ヨーロッパ的、かつ妖しげで魅力的なモノがひしめき合う。
「いくつかは以前の住まいでも飾っていたものですが、今の家のこの空間に置いてみると、それこそ魔法がかかったように摩訶不思議な存在感を放つようになりました」

リアリティーより
想像力

回廊を抜けた先に待つのは「魔法使いの談話室」だ。『ハリー・ポッター』のグリフィンドールの談話室から着想を得たリビングなので、夫妻はこう呼んでいる。

その奥には、スイングドアを開けて入る「冒険者の酒場」、ダイニングがある。古木の板張りやレンガクロスの内装、ベルベット調のカーテン、シャンデリア、バーカウンターにスツール、そして酒瓶がズラリと並ぶ棚。『ドラゴンクエスト』などゲームの世界でテンプレートな場面設定を再現したとか。

「リアリティーではないんです。いうなれば“ロマン”。ファンタジーというフィクションの世界がどれだけ生き生きと輝いて見えるか。空間づくりではそれをいちばん大事にしました」

こだわるべきは、本物かどうかよりも想像力を刺激するものかどうか。「それっぽい」アイテムを集めたらあとは構成力で望む世界観をつくっていく。

「魔法使いの談話室」ことリビング

「冒険者の酒場」ことダイニングのバーカウンター

「モノを飾る」から
「世界観の表現」へ

ただ、最初からこうした大胆なプランを考えていたわけではない。中古物件のリノベーションという発想はあったが、床や壁を張り替えてコレクションを思い切り飾れる棚を造作できれば満足だった。

ところが、調べていくと間取りから一変させたリノベーション事例がたくさんある。
ディズニーシーを訪れて以来、そこにある建物に住むことを妄想してきた妻は、それが叶わぬ夢でもないと知ってがぜん意欲がわいてきた。
「営業や設計の方々の理解も大きかった」とは、夫。「他の会社では首をかしげられたり却下されたりしたことも、『いいですね』『面白い、やってみましょう』と言ってくれたんです」

​例えば、古城のイメージ。スイングドアなどのアイテム。本棚を使った隠し扉の仕掛け等々、相談するとすぐに具体的なプランとして提案され、それらはまさにイメージどおり、時にそれ以上だったという。

ファンタジーエリアを寝室や水まわりなどの生活空間と完全に切り離して配置する。そうした方針のおかげで実現したのがこの家だ。家事や在宅ワークのための効率的な動線が計画されていて、住みやすさもしっかり保証されている。

廊下に造作した本棚の一部がスライド式で、開けるとトイレが現れる

普通の家には
戻れない

家が完成し、住み始めた当初のワクワク感は大変なものだったと夫妻。
「家に居るだけでテンションが上がり、口もとが緩んでくるんです。非日常感いっぱいのこの幻想世界こそ本当で、自分たちは現実世界をログアウトしてここに居るんだとうそぶいていましたね」

最近はそうしたトキメキもさすがに落ち着いてきた。「いい意味で慣れてきた」のだとか。
「気分的にも空間的にも、ファンタジーが日常生活に溶け込んできたのでしょう。例えばキッチンは実用重視のセミオープンタイプですが、シンクの前に立つと見える石壁と剣の景色がお気に入りです」

「モノを買う楽しみも深まりました。前居では何か買うと何かしまわなければ飾れませんでしたが、今は十分な余地がある。これはどこにどんなふうに置こうか、思案しながら選ぶ悦びを感じています」

ファンタジーサークルで知り合ったという夫妻。仲間を家に招いてLARP(※)よろしく衣裳をまとい、遊ぶこともしばしばで、家は絶賛されるという。
「この愉しみを知った今、普通の家にはもう絶対に戻れません」


※Live Action Role Playingの略。ゲームのキャラクターになってフィールド(建物や敷地)を歩き回り、会話や闘いをしてストーリーを楽しむ体験型ゲームのこと

夫妻が「皿洗いビュー」と呼ぶキッチンからの非日常な眺め

ホグワーツ入学許可証も入居後に買って飾ったもののひとつ

聞き手 : 今井 早智 Sachi Imai

住宅について、建築的なHOWよりも施主の暮らしのWHY に興味あり。空を飛べる鳥になりたいとは思わないが、海に 沈む深海魚には憧れる。

写真 : 上米良 未来 Miki Kanmera

撮る動機、その原点は、正真正銘キライだった同級生の悪ガキが見せたとびきりの笑顔=喜びの表情に衝撃を受けたこと。好きなものは、編みもの。猫。トマトの匂い。