音楽と向き合う。音楽と戯れる

STORIES No.006

音楽と向き合う。音楽と戯れる

音楽に集中する
一日の始まり

朝目覚めるとキッチンでコーヒーを淹れ、そのままカップ片手に玄関脇に設けたスタジオヘ。分厚い防音ドアのレバーをギュッと捻れば雑音が消え、そこからはただ音楽と対峙する。
フォークトロニカやアンビエントな楽曲でソロプロジェクトを中心に活動する音楽家、Kさんの一日の始まりだ。

「曲をつくったり聴いたりして12時まで過ごしたら、ダイニングで1時間ほど休憩します。それから再び3時か4時までスタジオに籠もって、その日の仕事は終了。海が近いのでランニングに行き、あとは気ままなフリータイムをリビングで。家にいる日は決まってこんな感じですね」

約5帖のスタジオで作曲からミキシングまで行う

レコードのアナログな音も好み

愛する家具に
ふさわしい空間を

賃貸住宅の一室で作曲や録音をしていたKさんだが、もっと音楽に集中できる環境が欲しかったし、より心地いい暮らしの時間も求めていた。しっかりした防音仕様のスタジオがあり、好きなヴィンテージ家具が映える住まいだ。

Kさんは家具にも相当なこだわりがあり、賃貸住まいの時から既に知る人ぞ知る名作が揃えられていた。
ざっと挙げても、ピエール・ジャンヌレのイージーチェアにスツール、シャルロット・ペリアンのレザルクチェアやCP1(照明)、ヨハネス・アンダーセンの通称UFOテーブル等々、垂涎ものばかり。

愛する家具たちにふさわしい住空間を。これも、今回の中古住宅のリノベーションの大きな理由だった。

ダイニングとリビングは床材を変えてゾーニング

レザルクチェア(左)とピエール・ジャンヌレのイージーチェア(右)

ウォールランプCP-1

家具も音楽も
「掘る」のが好き

インテリアは学生時代から好きだったが、本気で家具を集め始めたのは4〜5年前、北欧ヴィンテージの家具店で古いキャビネットに出合い、その存在感に心打たれて以来だという。
「リプロダクトを否定するものではないし、僕も数点持っていますが、やはりオリジナルに魅せられます」

家具は、引き継がれて使われていくものだと思っているから。
「デザインした建築家やつくられた理由、使われていた場所などを調べていくとそれぞれに物語があり、歴史が垣間見える。それがとても面白いんです」
例えば、ジャンヌレのイージーチェアは今たいへんな希少価値だが、もとは1950年代中期にインドの都市計画のためにつくられた大量生産品だ。

Kさんはそれを「掘る」と表現する。
「掘っていくと次々にリンクしていって、人や物や事柄がつながっていく。音楽にもそうやってのめり込んでいきました。ミュージシャンやアルバムを辿っていくと、いかにもだったり、意外だったり、様々なつながりが見えてくるんですよ」

家具について、「持ち主になることで自分もその物語の一部を担うという喜びを感じる」と話すKさん。「音楽でも、僕の曲を聴いて楽器や作曲を始めたというファンの方もいて、とても嬉しいことですね」

キャビネットとコルビュジエが愛用したというGRAS Lamp(グラ・ランプ)

イージーチェア。当時の使用者が無造作に書き入れた番号が味わい深い

心のゆとりが
表現や創作に繋がる

スタジオに生活は持ち込まないし、リビングダイニングに仕事としての音楽は持ち込まない。そう決めたKさんの空間づくりは成功して、両者はつくり方も過ごし方もハッキリと分けられており、一日中家にいる日もメリハリが生まれている。

「緊張感と、リラックス。音楽との付き合い方でいえば、スタジオではゾーンに入って音を聴き、音を捕まえに行く感じ。リビングではBGMとして流れる音を聴き流して楽しみます」

「ゾーン」となるスタジオはむろん、ユニットではなく完全造作だ。愛用の楽器や機材がきっちりセットされ、防音仕様の壁の厚さは200㎜。
リビングには、愛着のある家具たちの存在感を第一に考えた白とグレーの内装でやわらかくほどけていくような空気感がある。

リラックスの効用は。
「心にゆとりがなければ気付かないこと、見過ごしてしまうこと。例えば光が壁に描く模様。あるいはランニングでふと見かけた夕日で赤く染まる雲。そうした何気ない日常に潜む美しさをすくいとる目を曇らせずにいられるんです」

心にちょっと引っ掛かったそれらが作曲の動機になることはよくある。「まだまだ表現したいものがあって、その間は音楽を続けられる」というKさん。日常を支える大切なものとして、住まいがある。

listude(リスチュード)の八面体スピーカーから360度方向に音楽が広がっていく

聞き手 : 今井 早智 Sachi Imai

住宅について、建築的なHOWよりも施主の暮らしのWHY に興味あり。空を飛べる鳥になりたいとは思わないが、海に 沈む深海魚には憧れる。

写真 : 上米良 未来 Miki Kanmera

撮る動機、その原点は、正真正銘キライだった同級生の悪ガキが見せたとびきりの笑顔=喜びの表情に衝撃を受けたこと。好きなものは、編みもの。猫。トマトの匂い。