お寺に住みたい

STORIES No.003

お寺に住みたい

がらんとした感じや
木目がたまらない

当初は「和」だった。少し考えると「おばあちゃんの家」になった。さらに突き詰めて出した答えは、なんと「お寺」だ。Iさん夫妻が住みたい家のイメージである。
「がらんとしていて、明るすぎない。そして、お寺で年月を経て色を深くした板の間や柱、特にその木目模様が、私には たまらないんです」(妻)
絶対に飽きることのない、空間に対する不変的な好み。であれば、家をそんなふうにつくってしまおう。

妻の発案に夫もすんなり賛成した。
「僕もお寺は好きなんです。あの“抜け感”が心地良くて、お寺で感じるやすらぎや開放感がわが家で味わえるものなら、と」

リビングとワークスペースを仕切るガラス戸は昭和初期の骨董品。中央のガラスを取り外し、つながりと抜け感を強めた

土間を廻らせた
板の間リビング

さて、では、お寺をどうやって住宅、それも現代のマンションに換骨奪胎するか。知恵を絞ったのはプランナーだ。マンションの構造を無視して内装のみをお寺に似せても嘘っぽくなる。例えば、梁などは隠すより効果的な現し方を考えた方がいいだろう。

そうして出来上がったのが、家の真ん中に本堂のような板の間リビングを据え、そのまわりに土閒を廻らせた今の間取りだ。梁や土閒のモルタルで仕上げた躯体と、広くて、静かで、木の息づかいを感じる板の間が、しっくりと馴染んでいる。

注目すべきは、リビングが小上がりになっているところ。お寺では本堂に上がるときに靴を脱ぐ、そのことで、気持ちが非日常に切り替わる。同様に、土閒でスリッパをぬいでリビングに上がることで、気分が自然とリラックスに向かうように試みた。

この土閒は、妻のもうひとつの希望だった「回遊できる家事ラク動線」も叶えている。中心に大きなLDK、土閒を挟んで、周辺にその他全て(寝室、フリールーム、水まわり、収納 )が配置され、土閒を進めばひとふで書きでどこへでもアクセスできるのだ。

小上がりの板の間は土間から約30cmで腰掛けるにもいい高さ

伝統にモダンの
要素も散りばめて

むろん内装にも気を遣った。フローリングは木目がハッキリした国産スギの無垢材で、3度の重ね塗りで深い茶に。壁は漆喰を思わせる白い塗装で、真壁(古い日本家屋に 見られる柱を露出させるつくり)を模した付け柱がある。

ふるっているのが建具や金物だ。
「古建具や釘隠しなど、自分たちで探しました。LDとワークスペースを仕切る建具は模様ガラスが懐かしい昭和初期 のもの、寝室との仕切りは複雑な木目が目を引く大正時代の蔵戸です」

一方で、この家は「モダン」の要素も取り入れてある。モルタルの梁や、スタイリッシュなタイルのキッチン、などだ。
「和の伝統一辺倒より、ところどころにモダンなデザインや 素材を散りばめた方が現代の生活に馴染むし、和の良さも引き立つというプランナーの提案です。確かにそのとおりでした」

釘隠しや模様ガラスなど、夫妻の愛する「和」や「お寺」のアイテムたち

音を消して
時間を過ごす

「リビングに求めていた抜け感は、期待どおり」だという夫。「広くて心が落ち着くせいか、音のない時間を過ごすようになりましたね」
実はヘビメタギタリストの顔をもち、ワークスペースの壁には何本ものコレクションが飾られているのだが、「ギターをかき鳴らす時間と無音の時間とのメリハリを楽しめる」とのこと。

他方、木目に愛着のある妻は「京都旅行で訪れた南禅寺 で撮った写真といえば、柱の木目のアップばかり(笑)」と前置きし、「そんな私が、今は家で床や柱や建具の木目に囲まれています」と嬉しそうに話す。

お寺に身を置いているときのように、身も心も整う住まい。I さん夫妻の欲しかった住空間が見事に実現した。

聞き手 : 今井 早智 Sachi Imai

住宅について、建築的なHOWよりも施主の暮らしのWHY に興味あり。空を飛べる鳥になりたいとは思わないが、海に 沈む深海魚には憧れる。

写真 : 岩崎 真平 Shinpei Iwazaki

現場でのコミュニケーションを大切に、さまざまなジャンルの被写体を撮影。魅力を引き出す努力に人とモノの区別はなく、撮影商品に話しかけることしばしば